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第111問 訳文表現の選択の問題
次の文の翻訳として、もっともよいと思われる文を選んで、その理由を考えてください。

Venice was never short of composers, with Antonio Vivaldi its early 18th-century star.
(『Opera』p. 17, 引用元ページへ

a. ヴェネチアが作曲家不足に悩むことはなく、18世紀初頭にはアントニオ・ヴィヴァルディがスターとなった。
b. ヴェネチアにおいては、作曲家が「枯渇」することはなく、18世紀初頭にはアントニオ・ヴィヴァルディが脚光を浴びる。
c. ヴェネチアで、作曲家が枯渇することはなく、18世紀初頭にはアントニオ・ヴィヴァルディが脚光を浴びた。
d. ヴェネチアには さっきょくかが つぎつぎとあらわれて 18せいきの はじめには アントニオ・ビバルディが とてもゆうめいに なりました。


解答・解説

正解は a. と b. です。作者二人の意見が分かれたので、どちらも正解とします。

まず、問題にあった書籍紹介のウェブページアドレスをクリックして見なかった方は、「翻訳者として失格」と言っても過言ではないでしょう。

この本が、子供用の本であるか、大人向けの本であるかは、この原文を見ただけでもある程度は想像ができそうですが、ウェブページを参照すればその答えは明白になるわけですから、選択肢として d. を排除できるかどうかを確認するために参照しない手はありません。どんな些細な情報でも「訳に役に立つ」ことは何でも利用するというのが翻訳者の基本的な姿勢です。

a. b. c. のどれを選ぶかは、好みにもよりますので、一概には言えませんが、作者の武舎るみ(以下R)は a. を、武舎広幸(以下H)は b. を選択しました。

まず、a. について検討しましょう。原文の Venice をそのまま主語にして、「ヴェネチア」という都市が「悩む」という、「無生物主語」の文に訳しています。「無生物主語の構文は要注意」というのは翻訳の鉄則です。しかし、この表現についてRは「日本語でも都市はそこの住人も含む意味で擬人化するケースが多い」のでこれは「不自然ではない、原文に即した立派な訳だ」と主張します。

一方Hは、少し擬人化が過ぎると感じて、この解に×を付けました。「都市は悩まないだろう」と言うのです。次のa'. のようにすれば、意図的にこの単語を用いていることが明確になりますので、違和感を若干和らげることはできます。しかし、擬人化することによる効果と違和感を天秤にかけると、「まだ違和感の方が勝ってしまう」と主張します。

a'. ヴェネチアが作曲家不足に「悩む」ことはなく、18世紀初頭にはアントニオ・ヴィヴァルディがスターとなった。

Hは、作曲家という人材を、石油などと同じように、この地ヴェネチアで湧き出てくるものという感覚で捉え、「枯渇」という表現を選択し、b. の訳に到達しました。

b. ヴェネチアにおいては、作曲家が「枯渇」することはなく、18世紀初頭にはアントニオ・ヴィヴァルディが脚光を浴びる。

b. と c. とを比較すると、「枯渇」を意図的に使っていることを示すカギ括弧のほか、助詞の「で」と「においては」の違い、そして、「時制」の違いもあります。紹介ページを見るとこの本がオペラについて包括的に紹介した「図鑑」のような本であることがわかります。この点を考慮しても、b. の方が好ましい訳文だと言えるでしょう。

「においては」の方が「で」に比べて、文語的な雰囲気、見方を変えれば格調高い雰囲気が加わります。少々大げさに言えば「これはオペラ図鑑の決定版である」という主張を込めることができるのです。

もうひとつ「枯渇」という単語との組み合わせを考えたときに、「で」と「においては」のどちらが釣り合いが取れるかも考慮の対象です。「枯渇」という単語は、日常的な文章にはあまり登場しない、ややビッグな印象をもつ単語ですから、文語的な雰囲気を持つ「においては」の方が釣り合いが取れるのです。

「脚光を浴びた」がよいか「脚光を浴びる」がよいかは、この文だけで即決できる問題ではありませんが、原文が過去形ならば訳文も「過去形」という決まりはないことはしっかりと記憶に留めておいてください。日本語では、「現在形」を用いて過去のことを表現することができるのです。

さて、共訳書のときに、このように意見が分かれた場合はどうするのでしょう? どちらかが主導権を握っている場合は、そちらの意見が優先されることになりますが、多くの場合はどちらの翻訳者も納得する別の表現を探すことになります。

結局このケースでは次の表現に落ち着きました。これならば never short of をそのまま表現しているし、「ヴェネチア」が「悩む」必要もないというわけです。

ヴェネチアは作曲家の人材不足とは無縁で、18世紀初頭にはアントニオ・ヴィヴァルディが脚光を浴びる。

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